信州大学 自転車競技部

信州大学自転車競技部のブログです!はてなダイアリーからはてなブログへ移行しました。日々の練習、試合レポートなどを綴っていきます!

インカレロード女子 出場記録 2012~2014、2017~2019

 続きましてインカレロード女子の出場記録になります。直近では下記の2選手がインカレの舞台を駆け抜けました。

2012~2014年出場 斎藤智子

2017、2019年出場 庄田愛子

 

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↑2012 完走 斎藤

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↑2017 庄田

また、来年2021年は経法学部1年の小林あかりが出場予定となっております。

 

 

 

 

インカレロード男子 過去リザルト 2010~2020

 幣ブログがスタートした2010年から2020年までのインカレロード男子リザルトをまとめました。大会が開催される毎に更新する予定です。なお、記載は完走者のみとなっております。

 

2010年 完走者なし

2011年 23位 武久弘太(1)

     41位 中村龍太郎(3)

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↑2011 武久

2012年 14位 中村龍太郎(4)

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↑2012 中村

2013年 43位 武久弘太 (3)

2014~2017年 完走者なし

2018年 26位 大森竣介(3)

2019年 29位 小林弘幸(3)

     31位 大森竣介(4)

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↑2019 小林

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↑2019 大森

2020年 出場者なし

2021年 2020年11月現在、中田(3)と井上(3)が参加資格保持、出場予定。

 

 

 

市民祭とおんたけtt、そしてこれから。

かつらお以来のブログになるのかな。三年の下村です。正直このブログ書くのも迷っていました。なぜなら結果残せてない上にこれから先自転車続けていくかも迷っているからです。しかし中田がしつこくせがむので書いてみようと思います。詳細なレースレポートという感じでもなく、主旨としては自分の気持ちの整理のために書くようなものになるので読んでる人はつまらない内容になるかもしれませんので、その点ご留意ください。

 

市民祭

 

インカレ二日目の秋山のサポートに行った時に、阿部から市民祭があると言うことを聞いて急遽エントリーした。夏の高校生の大会に無理やり参加させてもらって初めて記録会に挑んだが、緊張から全くダメだった。その時から基準切りができなかった時点で今年のインカレ出場は不可能になった。とりあえず自転車との区切りをつけるために九月の群馬のロードに向けて練習していたが落車でなかなかの怪我を負ってしまった。どのみち群馬は大学からの許可が下りずに出場できなかったわけだが、怪我した時点で出場できないことが確定したのでモチベはだだ下がりだった。自転車との区切りもつかないままダラけてしまい、インカレ前に秋山と少し乗る以外ほとんど練習していなかった。エントリーした時点で2週間程度しか時間がなかったが、せめて来年の出場資格は持っておきたいと思って練習を再開した。市民祭はハロン、1キロ、4キロ全てにエントリーした。ただ基準を切るならハロンで切るしかないと思っていた。市民祭三日前に初めて一人でバンク練もした。その時の感覚では調子がよければ切れるかもしれないと感じていた。

結果から言うと3つとも切れなかった。

ハロンが12.3  1キロが1分16秒 4キロが5分26秒

寒い中でバンクコンディションも悪かったし、周りの人のタイムも軒並み悪かったので言い訳はいくらでもできるが、単純に実力不足だった。大声で応援してもらった阿部や、サポートで来てもらった秋山には申し訳なかった。

 

おんたけタイムトライアル

その市民祭の1週間後におんたけタイムトライアルがあった。もともと夏にやる予定のレースであったがコロナの影響で10月末まで延期した上での開催だった。2日制で1日目がタイムトライアル、二日目がヒルクライムだったが、トラックに向けて練習していた自分にとって登りは厳しいと思ったのでタイムトライアルにだけエントリーした。正直出る気はなかったが参加費無料ということとモチベを保つ目的で出場した。

結果はクラス3 60人出走で31位だった。

クリテリウムとかであればレースレポも書きようがあるが、タイムトライアルなのでただひたすら一生懸命走ったとしか言えない。結果自体はちょうど真ん中程度で納得している。面倒だったのだエクステンションバーもつけずに走ったが、ほとんどの参加者はつけていた気がするのでその中でこの順位は頑張ったほうではないかと思う。中田はこのタイムトライアルでクラス2に再昇格した。おめでとう。

2日目のヒルクライムにはサポートで参加した。といっても上で待っていただけだったが。ヒルクライムでは井上がクラス2に昇格した。同じ学年の仲間が一気に二人も昇格した結果となった。

 

ヒルクライム終わった後の帰りの車中で色々と考えていた。二人の昇格はもちろん嬉しかったが、同時に自分の実力のなさに呆れていた。死ぬ気で練習して昇格出来なかったら悔しくて腹が立つだろうが、自分がその感情になることはなかった。もちろん腹が立つほど練習していないからである。自転車競技には才能なんかいらないという言葉があるが、その通りだと思う。球技系の競技と違って基本的には体力と精神力の勝負であるからだ。自分は才能ないから昇格できないなどという言い訳できる立場ではなかった。よくよく考えれば中田と井上は一年の時から昇格を狙える実力を持っていたし積極的に練習していた。その根底にあるのは自転車が好きだという気持ちなんだと思う。自分は一年の時は正直嫌いだった。先輩達は全員強かったし同期のほとんどが自分より強いのが当たり前だった。大会に出てもdnfのお祭り状態でなんの達成感も得られず、周りのリザルトを残した人たちとの疎外感をいつも感じていた。それでも辞めなかったのはやっぱり根本的な部分では自転車が好きなんだと思う。高校時代に帰宅部の自分が初めてやってみたいと思った競技であったし、大学で運動系部活をやってるというしょうもないプライドも持っていたからかもしれない。唯一達成感を得られたのは二年の白馬のときだと思う。あの時初めて学連レースで完走できた。その時からやっと自転車が楽しくなってきたのかな、冬でもそこそこ練習していたと思う。それでも他の人に比べるととるに足らない練習量だったのだとリザルトが結論づけてくれたわけだが。

 

何が言いたいのかさっぱりわからないと思うが、書いている自分もよくわからない。こういう文章になることが目に見えていたからブログを書くつもりもなかったのであるが… 。

しかし、今おんたけが終わってから過去最高に練習のモチベがある。そしてわずかではあるが実力の向上をパワーデータが示してくれている。もう大会も記録会もしばらく予定のないなかで、謎のやる気が出てくる。とりあえず乗れる時にほどほどに乗って何か目標が見つかればまたブログで報告したいと思う。

 

 

最後に

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この写真は市民祭の時に撮ったものであるが、お気に入りの写真だ。同期と後輩合わせてこれだけしかいないのは寂しいが、みんなで頑張って信大競技部を盛り上げていきたいし、後輩達は二人とも才能あふれる部員なので頑張ってもらいたい。

 

レースに行くと他大学の知り合いと話ができるのも楽しみの一つであると思う。それに、全く知らない人とも繋がりができることもある。おんたけタイムトライアルの時のことであるが、コースを試走したあとに車に戻ってくるところで前輪がパンクしてしまった。出走まで時間ないなかでめちゃくちゃ焦っていたが、自分らの隣に樫木祥子さんという女子ロードのナショナルの方がいらっしゃった。自分の困り果てた状況を見てすぐにレーゼロを貸してくださった。本当に助かった。この場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました。

 

では、しばらく自分の人生と自転車との折り合いに迷って生きていきます。

 

いろいろあった2020年@井上

 

めっちゃ久しぶりにブログ書きたいと思います。井上です。

 

思えば、最後にブログ書いたのは1年前の袋井か?2020年はいろいろありすぎてなんか一瞬で時が過ぎたな〜。時間経過で示すと

 

2月2日 期末テスト前日にチャリ乗って帰りに左折巻き込み事故に遭って救急車に初めて乗るっていうね、、結局左肩剥離骨折っていう大変なことになったわけですよ。シーズンに向けて調子上げてたこともあってめっちゃ萎えたな〜あのときは。

 

2月2日〜3月18日 実家帰ってずっと整形外科通院と地元の友達と遊んだりしただけ

あとリドレーは事故車になったので、損害賠償金50万でドグマよりグレードが1個下のピナレロプリンスfxを納車

 

3月19日からチャリ乗り始める。その時はじめて外でピナレロ乗ったんだけど速さに感動したな〜。バイクの速さに自分の身体がついていってない感じ。なんか1ヶ月以上ぶりに乗ったのにV坂のタイム更新したし、カップも取ってた笑笑

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そのあと調子乗って1週間後に150kmぐらい乗ったら案の定膝を壊すっていうね。正直左肩にまだ痛みが残ってた状態で乗ってたし、全く運動してなかったから身体がクソ硬くなってたんだよね。左膝の外側が痛かったからおそらく腸脛靭帯炎。そのあとはチャリになんとしてでも乗りたかったからストレッチと筋トレを頑張ったな〜。あと西谷さんにフィッティングもしてもらった。結局2回フィッティング受けて、筋トレとストレッチのやり方教えてもらったらそのあと一気に膝の痛みが消えた。さすが西谷さん。ほんとに膝痛で悩んでる人は西谷さんにフィッティングしてもらったほうがいいわ笑

 

その頃コロナがひどくなりはじめた時期で実家にいたから信州に戻ることが不可能になったわけね。あとコロナのせいでほとんどのレースが中止か延期。でも正直言うと、これから調子を戻そうとしている自分には都合が良かった。そのときの調子だったら6月の御嶽でクラス2に上がるのは不可能だったからね。結局、美ヶ原も乗鞍も中止になり、みんなモチベ落ちてたけど、自分はチャンスだと思って頑張って練習した。東京は練習環境は悪いけど、練習相手はたくさんいるからモチベは下がらない。

 

4月〜5月 コロナがやばくてみんな外出自粛してた期間だね。小松とか加藤とか石井とかその他多摩学連民は自粛という言葉を知らなかったね。バンバン多摩学連民と走ったわ。でもそれのおかげで短い坂のパンチ力が半端なくついた気がする。

 

6月 おはさいが始まったので初めて行ってみた。おはさいは水曜朝5:00に矢野ローに行けば多摩の速い人たちとかjproの人たちと走ることができる滅多にないいい朝練。一人で行く勇気はなかったから、荻野さんと久保田さん筆頭とする夜尾根隊の人たちと多摩学連民と参加することにした。めっちゃきつかったけどこりゃ確実に速くなるわっていう強度。めっちゃいい経験になった。正直このときには結構調子戻ってきてて1分10倍も出せた。

 

6月28日 ツールドかつらお

 おはさいとか東京での短い坂でのアタックに練習のおかげで短時間高強度にとても自信がついていたのでツールドかつらおはめっちゃ楽しみなレースだった。

 でも当日はあいにくの雨☂️、、みんなピリピリした状態でスタート。ローリングにも関わらずみんな前に出ようとする。なんでこんな細い山道の下りでしかも雨降ってる状態で前出ようとするのか?理解ができない。そして、一番恐れていたことが起きたね。後ろから前に上がろうとした人のハンドルが思い切り自分に当たって、バランス崩して落車。

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↑自分の落車シーン

 

擦過傷の中では今までにないひどい怪我だった。狭く深い傷を二箇所。一つは右肘、もう一つは右腰〜右横腹あたり。傷が深すぎたので、レース後福島の救急病院で診てもらって応急処置を受けた。縫うような傷ではないと診断されたものの、1週間たっても一向に傷が怪我したときと全く変わらない状態で心配になったので、松本で形成外科に行った。そしたらこれは縫った方がいい傷だよと言われて手術になった。全くあの救急病院やべーな。まあ救急で小児科の担当に診てもらったからしょうがないか。手術から1週間は激痛との闘いだった。寝れないし辛かった。本気で自転車一生乗らないと思ったレベル笑 

でも1週間過ぎたらパッと痛みが消えて傷も治ってきた。痛みが消えて乗れるってなったらすぐにチャリ乗ったね笑 やっぱり自転車は麻薬だわ。

 

そのあとやる気回復したけど8月中旬ぐらいに高ボッチで落車。これまた結構ひどい傷だった。さすがにここまで落車続くと萎えるね。

そのあとレポートと実習で忙しくてまたしばらく乗れずちょっと調子落とした。

 

これはまずいと思って9月はめっちゃ乗ったね。小松とか成蹊とも合宿したし、たわしとれーととも合宿した。たわしと地蔵峠行ったときが一番調子良かった気がする。地蔵峠で33分228w出したときだね。このときは5.1倍ぐらい出てた。茶臼山も初めて登って14分切ったし、とにかく調子が良かった。

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↑小松成蹊合宿 中房温泉

 

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↑33分228w 体重45kg

 

9月26日 富士ヒル

まあレースっていうより記録会だったね

荻野さんと加藤と回そうって約束してたけど、荻野さんが序盤6倍で踏んでくから加藤と一緒に千切れる。そのあと淡々と加藤とローテ回して荻野さんに追いつこうとしたけど無理だった💦 荻野さん速過ぎるわ。単独で1時間5分は。

結果1時間6分でゴールド届かずだった。まあ2人で雨で寒い中回してこのタイムなら、レースであれば絶対ゴールドはいけると思う。

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10月4日 箱ヒル

今シーズンようやくしっかりとしたレースが箱ヒルだった。まあかつらおは散々だったからね。箱根ヒルクライムのコースはターンパイクを走る約13km平均7%のコース。でもこの数字は詐欺で最後の3kmはほぼ下り。始めの10kmは平均8.4%らしい。クラスは一番上のカテゴリーチャンピオンクラスでエントリー。

 

レーススタート直後はバカみたいな速度で駆け上がっていく。え、これ10%の登りなのかなと不安になるレベル。パワー見たらずっと300w超えで思わず笑ったわ。はじめの2kmトップの集団についていって、パワーを見ずに走ったらその後どんどん失速。後ろから何人に抜かれたことか。ZWCのあべき君に「あれ、井上君?頑張って👍」って言われて抜かれたのめっちゃ鮮明に覚えてる笑 それよりもショックだったのはね、、たわしと樫木さんに抜かれたことですよ!!なんかでかいのきたよと思ったらたわしだし、女の人いるし、普通にペース速いし、あのとき千切られたときの感情は忘れないわ😢

結果、チャンピオンクラスで順位は下から数えた方が早く散々な結果だった。でも学んだことも多かった。チャンピオンクラスは異次元であること。あれについていかないとヒルクライムレースでは勝てないこと。ついていけるようになるまでは絶対自分のペース配分を守った方がいいこと。なんだかんだ始めのペースがエグかったおかげで10分パワーと20分パワーは更新した。

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そういえば、この箱根のレースで初めて小塚さんの上司の野畑さんに会った。案の定めっちゃ細かったし、クソ速かった。一瞬にして千切られた笑

その他にもたくさん知り合いに会って楽しかった。牛尼くんとか大工の山岡さんとか後藤とかVIGOREの人たちとかね。牛尼くん年代別優勝42分台は速過ぎるわ😅 山岡さんは髪色が派手なイメージだったけど、黒髪に戻ってた。結局女子ウケがいいのは黒髪だよね、、

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↑VIGOREの人たちとの写真

 

ヒル終わったら次は本番の御嶽ということで調子を上げていくべきところなんだと思うんだけど練習相手がいなくてあまりモチベは上がらず、まずいと思って、下村とか長谷川さんを誘ってとりあえず乗る。御嶽前はとりあえず30分の登りを登りまくったね。

 

10月31日 御嶽TT

HC前日の刺激入れ

体重45kgかつ普通のロードバイクでクラス3 21位は頑張ったでしょ。なんだかんだで20分5倍も出てたし、満足。

樫木さんとも初めて喋った。体重のこと言ったら女子でも45kgはいないと言われた。箱根で負けたので、明日のHCではリベンジしますとだけ言っといた笑 なお、TTでは敗北。

 

11月1日 御嶽HC

当日の天気は晴れ、割と気温も高く、少し風が強いというコンディションだった。装備は初めはベースレイヤーの上に半袖ジャージ着て半パングローブありで登ろうと考えていた。しかし、スタート地点に下山後、日が当たると思ったより暑く、これは半袖半パンノーグローブで行けると思い、ベースレイヤーとグローブは荷物預かりの車へ放り込んだ。やっぱり動きやすくて軽いのが一番パワー出るからね。

 

↓目標と作戦

目標:とりあえず5番以内に入り昇格。昇格が一番の目標なので、はじめバカみたいに飛ばす集団について行って失速はとにかく避ける。

作戦:箱根でのペース配分ミスの反省からとにかくペースで登ることを意識し、たわしや加藤、長谷川さんとか脚の合う人を見つけて引っ張ってもらう。

 

スタートに並ぶと前には首都大の橋本、両となりには新潟食料の畑山くんと日大の人がいた。

畑山くん「3週間ほぼ乗ってないんで今日は楽しみます。(日大の人指差して)彼めっちゃ強いですよ。富士ヒル年代優勝です。去年僕が2位で、彼が1位でした。」

俺「おい、、マジかよ......。学連クラス3は隠れて強いやつが何人いるんだ、、」

日大の人「最近全然練習してないんでダメです。」

心の声:こいつらの言葉は信用していいのか?

 

スタートが切られると、案の定、バカみたいに飛ばしていくやつが何人もいた。畑山くんと日大の人と橋本も一気に駆け登って行った。でも、自分はとにかくそれに流されず、パワー見て淡々と踏んでいく。でもやっぱりそうするのが正しく、1kmちょいでどんどんみんな後ろに下がってきた。これはいけると思い、少しペースを上げて前の集団を追う。はじめにパスしたのは畑山くんと数人の集団でこれで畑山くんをパスしたからライバルが1人減ったぞと少し喜ぶ。そのあと先頭集団から降りてきた加藤に追いついた。普段の加藤とは大分様子が違くて辛そうだった。調子が悪そうだったので、そのままパス。そのあと、長谷川さんに追いつき、これもまたパス。この時点で辛くもないいいペースでまだ踏める状況だったので、調子はかなりいいと感じた。そのあとも何人も追い抜いて、御嶽で2番目ぐらいに勾配がきつい直線の道に差し掛かる。これもまた260wぐらいでいい感じに踏めていた。そのとき、後ろでハァハァ行ってるやつがいて、うわー誰か追いついてきたな、、さっき追い抜いた岐阜の高校生かなと思いきや、まさかのたわし‼️

心の声:え、スタート直後に千切ったはずだよなぁ、、?え、ペース上げて追いついてきたの?

俺が垂れてる訳じゃないはずだし、、

いつもたわしは追いついてくるわ。箱根のときもそうだった。ハァハァ声が聞こえると思ったらたわしだよ、、

 

たわしの後ろにはも1人いてさっき抜いたはずの一橋の福島さんだった。そのあとこの3人で走っていくと、前に2人の鹿屋の人が垂れていたので追いついた。でも追いついたあとずっと俺とたわしにツキイチしてたっぽくて、ゴール前2kmほどでアタックされて千切られる。風も強かったし、もう少しこの鹿屋の選手たちを風除けに利用すればよかったと反省。そのアタックで福島さんにも置いてかれ、たわしも千切れたので、1人になったが、もうすでにゴール手前だったので、かなりこの時点で息上がってて辛かったけど踏ん張った。

ゴール手前には下村と石井がいて、

下村「いけるいける!」

石井「井上!橋本の次だぞ!2位、2位!」

この声聞いて最後の登りは爆上げできたね。

めっちゃ頑張れた。ありがたい。

 

ゴールの90度コーナーは砂利が浮いていて危ない状況だった。そこに作新の人が思い切り突っ込んでいってて案の定落車寸前だった。でもそれで失速したので最後にその作新の人抜いてゴール。橋本には追いつけなかったが、その時点で昇格は確信した。

 

↓結果

クラス3 3位/44人出走、総合19位/88人出走で念願のクラス2昇格!!!

橋本がクラス3で1位かと思ったけど、実際には上に1人いて日体大の比嘉さんって人だった。アンディの次は速すぎるね、、学連化け物多すぎ。

 

表彰台に乗れたし、3年かけてようやく昇格できた。得意のヒルクライムで昇格できたのも嬉しかったし、何より落車だらけで調子落としまくってた今年の最後のヒルクライムレースでいい結果を残せたのはとても嬉しかった。

あと、箱根で負けた樫木さんとたわしに勝てたのは何より最高だったね😆笑笑

やっぱり登りはペースってことを証明できたからな!!!

畑山くんには1年の美ヶ原ぶりに勝った気がする。富士ヒル年代別1、2位コンビの畑山くんと日大の人が練習してたら表彰台には上がれなかった気がするから助かったわ、、😅

やっぱりどんなに才能あっても練習はしないとね、、🤔

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↑3位表彰台

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↑賞状

まあこれでクラス2にも昇格できたし、来年はインカレにも出れるということで、院試や卒業研究で忙しくなると思うが、インカレに向けて出来る限りの練習はしたいと思う。

 

こんなふうにいろいろあった2020年だったけど精神面でも身体面でも強くなれたいい経験をした年だったと思う。最後に、ここまで練習頑張れて、強くなって昇格できたのも全部仲間のおかげだと思ってる。東京で一緒に練習してくれた小松+多摩学連民、夜尾根の人たち、信大競技部+信州で一緒に走ってくれた人たち、その他のストラバガチ勢には感謝感謝!!笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2度目の昇格 @中田

  ブログを書くのは何時振りだろうか、半年は経っただろうか。そう思って、記録と記憶を辿ってみれば実に8ヵ月以上の時間が経過していた。これだけの期間があれば幸も不幸も訪れるというものである。本記文は空白期間と言っても差し支えない、この半年についての手記であるという事を最初に断っておきたい。

 ……まあ、固い文調はここまでにします。色々と書きたい思いは募っているが、如何せん時が経ちすぎているため端的に時系列順でレポートしていきます。

 ⚪︎ 神宮後〜5月

 イベント全中止に伴う心の穴を埋めるべくGWまではバイトに明けくれた。3月は労働時間170時間にまで迫っていた。自転車は週に1.2回乗る程度で、もはやエクササイズと化していた。

 ⚪︎ 6/28ツールドかつらお 

   直前茶臼山 15:17 ave320w 体重70kg 

 この時期にレースがあることは、オンライン授業で精神を蝕まれていた僕にとってとても有り難かった。おかげで6月は鬱から脱却することができた。

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↑カテ2 リアルスタート前

 久々のレースを走るにあたってただ出るだけじゃつまらないのと、絶対に落車だけはしたくなかったためこの位置に。スタートと同時にアタックしたはいいが5分くらいで吸収されあとは転ばないように、でも緻密に速く走る事を意識して走りきった。

 ⚪︎7月

 かつらおが終わったら勉強しよう、その決意そのままにテストモードにシフトチェンジ。しっかり単位を取ったはいいが、あまりにも有機化学が辛すぎて体重が2kg減った。まるで鉛のような飯を食べている気分だった。あまり大きな声では言えないが、こんな辛いテスト期間ではあったものの、みんなで力を合わせたオンラインテストは楽しかった。

 ⚪︎夏休み

 8月半ばにようやく夏休みになった。お盆はバイト漬けだったが、andy &嶺人との練習、9月の成蹊や小松との松本合宿を経て大分調子を戻す事ができた。

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↑菅平 唐沢の滝

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↑松本合宿 中房温泉

 合宿のベスト記録 27:39 ave300w 体重68kg

 夏休み最終日には富士ヒルを走った。ただ今回はレースではなく記録会であり、MAXモチベーションの7割程度のやる気しかなかった。まあでも記録会自体は本気で走ったし、東工加藤や明学ヨハンと新たな知り合いが増え、実りのある遠征であったと思う。宿でおならかましまくったのは本当にすみませんでした。

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東工大加藤 良く食べる漢

 そう言えば宿のすぐ近くに昭和大学富士吉田キャンパスがあり、受験生時代を彷彿させるものがあった。つまり落とされた。

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富士スバルライン、3合目くらいか?

 雨降ってるし寒いしきついしで終始こんな死にそうな顔して走ってた。下山はもっと寒かった。

 結果 1:09:24 ave276w 体重68kg

 ⚪︎WALKRIDE 箱根ヒルクライム

 直前茶臼山 14:23 ave343w 体重68kg

 富士ヒルの1週間後にあった箱根。小松井上と3人で移動を共にした。まず実家に帰省した井上と小松を拾いに稲城市へ。井上の実家(めっちゃ広い)で井上と井上の姉ちゃんとの3人で昼ごはんを頂いた。友達とその姉っていうあまり無いメンツでの会話は、思いの他開放的なもので中々に会話が弾んだ。

 さて、レースはと言うと井上と僕がチャンピオンで小松が年代別にエントリー。そういえば下山前の山頂では大工山岡さんに久々に会った。髪がパツキンから黒になっていたのが何より驚いた。

 結果 45:43 ave313w 体重68kg

   さすがチャンピオンクラスと言うべきか、スタートのぱっと見ウォール・マリアみたいな壁坂を超ハイペースで進んでいく。僕はサイコンは背中に入れていたので出力値は知る由も無かったが、後でログを見たら最初の1kmは400wだった。約2km地点で井上から千切れ、その後は主に後ろから上がってきた樫木祥子さんとローテしながら淡々と走った。

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↑スプリントからの、、

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↑珍しくハンドル投げ!

 この黒ジャージの男性は最初樫木さんと一緒に追いついてきたのだが、僕も樫木さんも一度千切られてしまう。ところが残り4kmくらいで再び追いつき、そのまま3人でのゴールとなった。

 ⚪︎RCSおんたけ

 直前茶臼山 14:13 ave337w 体重67.3kg 

    初日TT 23:04 ave308w 体重67.5kg

    大学ストップ(県外試合禁止)によりこれが最初で最後の学連レース。久々に信大ジャージを着て走れることか何より嬉しかった。今回はコース16km中2kmは登りだったのでDHバーを付けずにハンドル幅を狭めるという選択をした。なんか誰もやらなさそうだし、それで昇格したら面白いだろうなというのも理由の一つである。「あくまでロードスタイルで臨む」というのがコンセプトだった。

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↑400mm→320mmへ 


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↑前から

 リーチが短かすぎてステムも110から120へ変更。さらにドロップも無さすぎる為レバーに隠れてしまっている。さらにワイヤーの長さもハンドル幅に合わせてカットしたので、まさにTT一発の決戦コックピットとなった。

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↑このポジションがやりたかった。

 ただ思ってるよりエアロ効果は薄かったような、、
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↑ボトルゲージ無し

 ハンドル幅が狭く、またワイヤールーティン的にブレーキも左右逆にした影響で180度ターンやコーナーを攻めきれなかった。多少はエアロ効果はあったかもしれないが、それによる出力低下があったかも分からない。サイコンは例によって背中に入れて走ったが、まあ一定ペースで走れたと思う。結果は学連内4位で2回目のクラス2昇格となった。昨年は拠ない事情によりクラス3へ降格し、今年もおんたけまでになんだかんだで5000kmしか走ることができなかった。正直、クラス3へ降格って話もあまり入ってこないし、ましてやもう一度戻ったって話は聞いた事がない。だからこそ自分がその先陣を切ってやろうと思ったし、直前の茶臼山でも自己ベストだったので上がれるという確信はあった。

 2日目HC 30:51 ave310w 体重67.3kg

 2日目はヒルクライム。注目は井上が3度目の正直で昇格なるか。井上を昇格させるため、作戦はとにかくペースでローテを回すこと。

(あ、ちなみにハンドルは昨日のうちに元に戻しました笑 結果的にアウターもインナーケーブルも全交換になりました😢)

    スタートしてすぐに井上から離れてしまったが、前から降ってくる人を交わしながらとにかく前へ前へ淡々と。井上の背中はずっと見えていて、なんとか7km地点でようやく追いつきローテ開始。2人で回しながらゴールを目指すも気づいたら後ろに何人か張り付いていた。この日は風が強く、コーナーの度に風向きが変わるため後ろに張り付くとかなり楽なのである。今考えればレースなんだしもうちょっと狡猾に走って良かったと思う。僕達が疲れてきたタイミングで鹿屋2人と一橋福島さんにスッと行かれてしまった。僕は既に力が入る状態ではなく、あとはもう遅れを最小限に留めるべく走るしかなった。今回もまたサイコンもボトルゲージも無しで走ったが、まあ特に支障なく走ることは出来たと思う。ただ風で舞った草が口に入り口中の水分を持ってかれた時はボトルが欲しかった、、、

 結果は井上がクラス3 3位でめでたく昇格、おめでとう!これで去年の3月に0人だったクラス2が2人になった。井上は首都大の院に行くらしいから院試終わったらまた練習して、インカレは一緒に走りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

〜全日本大学自転車競技大会@秋山

今年はコロナで前期の大会に一つも出られず、もともと8月からは公務員講座が大変になると分かっていたので、このまま2年の神宮、トラックの新人戦を引退試合とし、勉強に全力を注ごうと思っていた。しかしこのまま辞めるのもなんだか嫌だなとは思っていたし、7月の高校生の記録会に参加させてもらいようやくB基準を切れたので、練習時間をガッツリ確保することは難しいが全国大会に出るだけ出てみようと思い始めた。

9月はもともと3週間のインターン(?)に行く予定があり、その直後に個人戦があったので3週間自転車に乗らずに出るのはまずいのではと思ったが出るだけ出るかと思いポイントレースにエントリーをした。ところが信州大学でコロナが発生したということで参加禁止。インカレを10月に開催決定と聞いていたので練習を全くしていなかった自分としてはほーんとしか思うことができなかった。

話は逸れるがこの3週間のインターンで出来た友達、自分も最短の人は5日、最長でも15日という短期間でここまで仲良くなれるとは思っていなかったが、何人も大会見てたよ、だのがんばれ、だの応援してくれてとても嬉しかった。やっぱりこういう、高校までの友達や彼らのような自転車競技を知らない友達に応援してもらうと嬉しい。

インターンから帰ってくるとただでさえ消化しきれていなかった公務員講座が山のように溜まっていて毎日パソコンとにらめっこでいっぱいいっぱいの日々だった。こんなにパソコンを見続けた経験がなかったので知らなかったがパソコンを見続けるのは頭から肩にかけてめちゃくちゃ疲労が貯まる。睡眠時間をどれだけとっても疲れがぬける気がしなかったしずっと頭と首が痛かった。そんなこんなで自転車の練習時間をあまり確保できず、ちょこちょこ隙間に乗るようにはしていたがとてもインターバルなどの高強度練習をする状態ではなかった。練習時間を確保できないというのはやるべきことをうまくこなせていない=自分が悪いということだし、レースに出る以上誰もそんな言い訳を聞いてくれはしないと分かっているので今更練習量が足りなかったからあんな結果だったわぁとは言いたくない。むしろあの状況でできる限りの練習はしていたと20年間だらけ続けてきた自分にしてはよく頑張ったのではないかと思う。というか練習ガッツリしてバチバチに仕上げてても無理だわあれは。

練習量を確保できなかった要因には、大会3週間前にわけのわからん落車をし、なかなかの重症を負ったこともある。なぜあんななにもないところで転んだのか未だによくわからないが単に乗らなさ過ぎて乗り方を忘れていたのかもしれない(笑)。まあ笑い事ではなくて、左のstiは折れるしヘルメットは割れる、なかなか深めの擦過傷と変な転び方をしたが故の左手親指の痛みと、こりゃーもう終わったなと言う感じだった。擦過傷はどうにでもなるが親指は段差の振動とブレーキが痛すぎてロードに乗れなくなった。大会直前になり、もう痛いとか言ってられないと思いなんとかバンクに数回行ったが、練習しに行くというよりバンクに慣れに行くという感じになりそのまま大会を迎えることになった。

一日目は阿部のケイリンのサポートのみ。サポートが他に部員が来なかったのでなかなか大変だったが謎の助っ人が来てくれたのでとても助かった。阿部惜しかったなーあれは完全に勝ったと思った。

二日目バンクに着き自転車の準備をしはじめたが延長バルブの使い方がいまいちわからない。KO佐藤と阿部に手伝ってもらってなんとか準備をした。佐藤とは一日目に喋ってやる気も出してくれたし二日間とても助けられた。

阿部のハロンを見て、ちょこっとローラーを回してスクラッチがはじまった。フェンス側スタートじゃなくてよかった。一日目さぼって来なかった下村のホルダーもクソ怖かったがフェンス側だったらたぶん自分の位置につけなかった。レースがはじまり一番後ろに下がり前に上がらないようにする。何回か流れで前に上がってしまいそうになったがコワイコワイと思い後ろに下がる。そのままずっと最後尾で完走。競走種目にまともに出たことないから距離感わからんし怖かった。そんな感じでテンポレースは即ちぎれて終了。エリミネーションはローリングからクソ速くて前に上がるどころではなく真っ先に切られた。ポイントレースも行けるとこまでついて行こうとしたがあっさりちぎれ終了。またこいつ痛い痛い言ってるよと思われるだろうが事実3週間前の落車で痛めた親指は手袋をはめるのも痛かったしハンドルを握りこむのは無理だった。骨いってそう。ブレーキと振動がない分だいぶマシだったが。それと老害にやられた首もキツかった。前日の夜の寝方があまり良くなかったのか朝起きたら右後ろが痛くて振り向くのがキツイ。スクラッチだけ出て棄権しようかなと思ったがアドレナリンと我慢でなんとかなった。レースが終わり一晩寝てこれを書いている今酷いことになっている。動けん。

レースとしては全く加わっていないしずっと一番後ろにいたが、競走種目出たことないのにいきなりインカレオムニアムに出るとそりゃこうなるでしょという感じ。そりゃ前に出てみたかったし一種目くらいなんとかしてみたかったが経験不足練習不足でどうにもならなかった。そんなに全国大会は甘くなかった。キツかったし何もできなかったがレースに出るのは楽しいと改めて思った。

ロードは結局昇格できなかったしトラックも本当はチースプをやりたかったし、全国大会じゃなくて全然いいからケイリンもやってみたかった。自転車競技に未練がないわけではないがここで切り替えないと就職できなくなりもっと大きな後悔をすることになるのでひとまずこれで終わり。小、中、大、大と入試を受けてきたが次が最後の入試になるようがんばります。

最後に、割れたヘルメットの代わりを貸してくれた井上ありがとう。それと、今まで色々教えてくれた先輩方と阿部にも、ありがとうございました。自分がいちおう走ってみて、あんな世界で戦っていたんだなと思うと本当に尊敬します。ロードもトラックも教えていただいた分結果を残すことができなかったのは心残りですがこれで自転車競技は終わりにします。四年の最後に就職決まってたらなんか出ようかな。今まで部活をやったことがなかったので先輩方のおかげで部活というものを楽しめました。一緒に走って0から教えてくださりありがとうございました。

まだ競技続ける同期はがんばれ!

これからがタイヘンだ…@秋山

まずはじめに、飛び入りで計測したいという無茶なお願いを快く受け入れてくださった県車連、高体連の方々、運営してくださったスタッフの方々、バタバタしている自分たちに工具やらバトンを貸してくれた高校生の皆様、ありがとうございました。

17日の夜にTRSの中止が確定し、18日の高校生の大会に出させてもらえないか、という話になり急遽お願いした流れについては下村が書いているので割愛。各方面にご迷惑おかけしましたが、おかげさまでようやくB基準を切れました。

6月に公務員講座が始まり、小学生からの夢を叶えるために、今までの試験の失敗を取り戻すために、人生ラストチャンスの試験に向けて勉強を始め、正直自転車は二の次になっていた。ロードは全く走っていないし、トラックも週末の練習のみでちょこちょこウエイトをするくらい。しかし逆にそれで無駄な力が抜けたのか、ハロンは11秒台しか出なくなっていたし、1キロも下村の手計測だが1分11秒19という記録が出ていた。しかし自分は本番になると緊張して足が動かなくなるのでそれでも切る自信はあまり無かった。この話を下村にすると、「本番は足が一番ある状態なのにタイムでないとか意味わからん。」と煽られた。彼は今回の記録会で緊張で無理だったようで、反省しているようなので許すことにする。

朝、バンクに着き、高体連の先生に測らせてもらえないかお願いし、準備にとりかかった。バトンもディスクも足りないため、自分は自信のあるハロンで下村にディスクを譲ってもらい、バトンを走り終わった高校生に借りて出走した。すぐ次の競技があるのに貸してくれた柴田くん本当にありがとう。朝の周回の時間にうわばんでどのくらいスピードを乗せればいいかを3回ほど確認し、練習でのタイム的には落ち着いて集中して走れば切れるという手応えだったので、とにかく緊張しないようにしていた。顔見知りの高校生たちと話していたため緊張せずに済んだので、増田さんに押してもらっている時にこれは切れるなと思った。うーん普段の自分からするとなぜあんな自信あったのかわからん。走り終わったあとアドバイスを貰ったようにまだまだ改善点は多いし、朝からずっと吐き気がしていて本調子ではなかったがとりあえずB基準は切ることができた。ようやくだ、長かった…。走り終わってからハロンで切れなかった下村にディスクを渡し、1キロはエリプスを借りて出走準備にとりかかった。発送機に慣れていなかった、と言い訳になるが1kmはスタンディングがド下手くそで全くいいタイムではなかった。下村恥ずかしいからリザルト載せないでほしかった。

そのあと、チースプもやらせていただけることになり、1走秋山、2走阿部、3走下村の順で走ることとなった。再びスタンディングを失敗して、あーやっちまったと思いながら離脱すると下村はいなかった。タイムも25.8だかそのくらいで全然よくはないが、チースプといえば兼平さんと阿部と走ったときの28秒という悪夢があったので、それを払拭することはできてよかった。なにより久しぶりに団体種目を走れて楽しかった。インカレでも団体種目を走りたいね、と互いに切磋琢磨してきた仲らしい下村の基準切りに期待している。

自分は一年の後期に取り敢えず見学してみようと思って行った大会の昼休みに阿部に半ば強引にピストに乗せられトラックを始めた。3年からは公務員講座で忙しくなることが分かっていたので2年のうちにインカレ出場権を取りたかったが大会では不甲斐ないタイムしか出なかった。だが阿部が一緒に団体種目を走りたいと(上辺だけだとしても)言ってくれていたのは嬉しかったし、部を辞めようかと本気で悩んだときに留まる理由にもなった。2年近く待たせてしまったがようやくインカレ出場権を得ることができた。最低あと一人、なんとしても基準を切ってもらわなければならない。もちろんインカレに出る以上、試験勉強との両立という険しい道を選ぶということで自分も努力を怠らないよう気を引き締め直す。勉強だけやればよかった時も失敗したのに両立できるかとても不安だが…

これまで全く結果を残せなかった自分にアドバイスをくれたり、機材を貸してくれたりしてくださった先輩方のおかげでようやくインカレに出ることができます。ありがとうございました。ロードでお世話になった先輩の期待に答えられなかった申し訳なさも込めて、練習を勉強と両立しインカレの場で少しでも食らいついていきたい。

最後に、下村も貼っていたが気に入ったのでマネージャーに撮ってもらった今日のチースプの写真を😊
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