信州大学 自転車競技部

信州大学自転車競技部のブログです!はてなダイアリーからはてなブログへ移行しました。日々の練習、試合レポートなどを綴っていきます!

神宮クリテ@秋山

 

まずはじめに、こんなことを書くと怒られるかもしれないが去年のラストレース神宮ではじめて入賞し、いい形で一年生を終えたので二年生で昇格もワンチャンあるかもと思った矢先に老害にはねられ、その怪我が治って新車を買い、信大合宿でクラス1のお二人と一緒に走り、ケツまで押してもらって(これは自転車乗ってきた中で一番楽しかったし嬉しかった)これならもしかしたら本当に昇格できるかもと思った矢先に再び全てをぶっ壊され、この一年を無駄にしたのはこいつらのせいだと思わざるを得ない。僕は基本的にネガティブ思考なので何かあると立ち直るのがとても遅い。これがメンヘラなのかな?来年度以降は頭のおかしな奴に絡まれないことを切に願う。

レースに参加どころか集団に入ることすらなく終わった川島クリテから一週間、がっつり練習するわけでもなく明科クリテで一日だけ練習してあとはサイクリングしたりで過ごした。実家の生活環境が不安定ということもあるが…

火曜日に松本に戻り、木曜日の夜中に再び中田号で帰省。レース当日の日曜日は到着すべき時間を読み誤り、ヘルメットを家に忘れるなどドタバタしていた。試走の時にヘルメット貸してくれたれーとありがとう。

出走は3-Bで去年と同じ阪大ダイゴさんと同じ組に。今回は前からスタートする予定だったが並ぶときに強引に割り込まれ、張り合うのも嫌だったし去年の経験的に問題ないと思ったので後ろへ。神宮はコースが全体を通して広いのでどこからでも上がっていけるから他のクリテよりだいぶ走りやすい。1周目は様子見、たぶん3、4周目でアタックがかかるだろうからそこまでは前キープで安全にいきつつ動きがあれば乗ろうと思っていた。去年は落車が自分の周りではなかったので180度コーナーは意外と安全だと思っていたが今年は違った。毎周回のようにガシャガシャ音が聞こえるし、一度は自分のすぐ横で落車が起こっていた。更には「俺クイック開いてねぇ!?」とか言ってるやつもいて、そいつは本当に後輪のクイック全開で走っていた。こっっわ。

2周目だろうか…?180度コーナーをがっしゃんがっしゃんいってるのを聞きながら抜けたあと、東海が一人アタックのような動きを見せたのでとりあえずついていくと、今年コースが変わった鋭角コーナーで後ろと少し差が開いたような気がした。ので踏んでみた。すると東海は集団に戻り自分一人だけ飛び出す形になってしまった。勝ちを狙いに行くなら当然一人になったと気がついた時点で戻るべきだった。しかし今まで思考停止でついていくだけでまともにレースを走った経験もほぼなく、どちらかというと単純、悪く言うとバカな僕はそのまま踏み続けたので逃げのような状態になってしまった。あーこれやっちまったかなと思ったが他大の選手から一人短距離のオバケがいると聞いていたので、スプリント勝ち目ないからいいかと言い聞かせた。一人で走っているときは実況で名前を呼ばれているのが聞こえたし、沿道でも多くの人が応援してくれたのでキモチェって感じだった。多分今までで一番応援してもらえた。走り終わったあとも拍手してくれてる人が割といた。(自分にしてくれてたのかはわからんがね…)しかしこの練習量と後ろの面子で3周も逃げ切れる訳がなく、最終周180度コーナー直前まで泳がされ吸収された。

正直足はもういっぱいいっぱいだったがまだ食らいついていくメンタルは残っていた。しかし180度コーナーで黄色のラインが入ったジャージの選手がフラフラしてるのに押し出されて失速し、ほぼ最後尾まで落ちてしまった。あ、これ転ぶやつだと思ったが法政が肩を当ててくれたので転ばずにすんだ。ここであ、オワリや、と思った。まぁこれがなくても入賞は無理だっただろうけど、こいつがいなければ…と思った。そのまま集団を追いかけて20位でゴール。去年運良く5位だったことからはだいぶ遠い結果に終わってしまった。f:id:soreikeshindai:20200224151352j:imageライブ配信より 撮影シモカ


f:id:soreikeshindai:20200224151500j:imageサイクリング長野さんより拝借しました…いつもお世話になっております。

正直な話、唯一入賞できた神宮クリテでもう一度入賞を、と密かに狙っていたので自分のバカさで失敗に終わってもったいないことをした。走り終わったあとにばかでしょ、と言われたが西部先輩は優しいので自分から動いた経験はためになると言ってくれた。それはありがたかったのだがやはり一番チャンスのあるコースでのレースを自分から捨てたのはバカだった…

自分は公務員を目指すつもりなのでおそらくこれが最後の神宮だったであろうことも考えると尚更バカなことをしたと後悔している。前に出ても退くという選択肢が浮かばず、自分なりにレース前に考えていたことも忘れていた。この思考力、決断力の欠如は経験不足にもよると思うので残り少ないレースはしっかりレースに入り、思考を止めずに集中する、ということを目標にしたい。

来年のインカレは今のところ阿部一人しか出場権がない。先輩方は全員といっていいほどインカレに出ていたのに。では自分はと考えるとどちらかといえばトラック競技の方に可能性があるのではないかと思う。とは言ったものの基準を切る自信は全くない。団体競技の練習のことも考えるとタイムリミットまでほとんど時間がない。阿部や兼平さんに協力してもらいつつB基準を切れるように努力する。幸い3年前期は学校は割と余裕がありそうで…

四年生の先輩方はこれでラストレースということで、自分らの代が入学したときの主力というか、0から教えてくださった主将の代の先輩方が引退する前に一つも結果を残すことができなかったのは申し訳ないし残念に思う。偏に練習不足である、としか言えないので残り半年できる限りのことをして結果を残したい。今までご指導ご鞭撻ありがとうございました。堀江さん、小林さん、応援しています。

まずはツール・ド・淡路を無事故で乗り切り、ニート下村が埋められない差をつけようと思う。

4months振りの自転車@ナカタ

 どうもこんにちはこんばんは、お久しぶりめんてん中田です。タイトルにもあるように10月3日から2月4日までの4ヵ月間は活動を停止していました。今回はその4ヵ月何をしていたかと、先日参加してきた川島クリテについての記事を書いていくんじゃなかろうかー!

 

 まあ簡単に言うと大学の勉強に時間を取られたせいですね。あとバイト。後期が始まって2週間経った時点で、もう春休みまで乗るのを辞めようと思いました。授業を履修上限ギリギリまで入れたのと、C言語を扱うめんどくさい講義を取ってしまったからというのもあるんだけど(化学科なのに)、それに加えて微積の再履修が土日にあり、正直毎日ふつうに生活するだけで精一杯だった。あまりにも毎日が単調で辛くて、12月半ばくらいが1番病んでましたね〜。なんでまた明日も1限からあるんだとか、早く冬休みになれとかそんなことばっか考えてたかな。実際、その時期に木曜1限寝ブッチかましたし。そんな中バイトにも週2〜くらいは行ってたわけだけど、幸いバイトは楽しかったし(辛いけど)、息抜き?みたいな感じでしたね。まあいくら忙しくても年末年始は乗れたやろって気もするんですが年末の時点で活動休止してから2ヵ月半は経ってるわけで、寒い中体も動かない状態で中途半端に走るより、バイトでもしてた方が建設的であるということで、ずっと働いてましたね、年末年始は。おかげでお金は溜まったし、他にもいいことがあったりしたのでまあこれはこれで良かったんじゃないかなと、今は思います。

 ところで自分のバイト先には高校生もいるんだけど、高校生ってことは16、17歳な訳で、二浪かました僕とは歳が5も6も離れてるという事実に今更気づいた。引き算すればすぐ分かるのに。あと、よーくまじまじと彼奴等の顔を見ると学校にいる大学生と顔付きがぜんぜん違ってめちゃくちゃ幼く見えた。ついこの前まで自分も高校生だったはずなのに今はもう22のおっさんであることに気付いてしまい、これ以上歳を取りたくありません。しゅん。

 さて話を自転車に戻しましょう。今回の川島クリテは自分が去年、リアルスタートから独走に持ち込み逃げ切り優勝して昇格した思い出深いレース。しかしクラス2として出た今年はリアルスタート直後に千切れて最下位を独走して2周で終わってしまいました。

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↑スタート前

 

 しかし話はこれだけでは終わりません。なんと次の神宮で完走しなければ、クラス3への降格が決定してしまいます。つまり今回の川島では降格へのリーチをかけてしまったのです。自分の事ながら呵呵大笑ですねほんと笑。クラス2から3へ降格した例は聞いた事ありますがそこから昇格して戻ったって話は聞いたことが無いので、それができたらブログのネタになりますね!まあそうすると、復活するための次のレースと言えば飯山クリテになる訳ですが、これは皆さんご存知の通り強い大学1年生が跳梁跋扈する治安の悪い試合なのでどうなることやら、、、

 そういえば最初は九チャレに出ようと画策していましたが、そこまでに身体を戻すのは無理なので見送ることにしました。夏休み前にテスト勉強で落ちた体力をもとに戻すのに1ヵ月半かかったので、今回は春休み中に元に戻せればなぁって所です。今の近い目標は、淡路合宿をまともに走ること!あとバイトでミスしないこと!ですかね。では最後に最近気に入ってるフレーズを紹介して締めとさせてもらいます。

 

「思ひ出はPRICE LESS」

 

https://www.youtube.com/watch?v=MUEG7_9FyyQ&feature=share

 

 

 

川島クリテ@秋山

白馬ぶりのレースでした。取り敢えず転ぶのだけは勘弁、と思いながら一番後ろに並んだ。

まぁそんな意識でレースに参加できるわけもなく。集団に初っ端から取り残され、リアルスタートの笛をコーナーの笛と勘違いして一人だけブレーキをかけるというガイジムーブもかましました。あれぇレースってこんなペース速かったっけとか寝ぼけたことを思いつつ一人で4/6周だけ走って終わり。特に書くこともなく、この練習量と意識の低さならそらDNFだわな、という感じ。関係ないけど川島クリテは3回エントリーしてDNSDNFDNF。🤔

この一年老害に跳ね飛ばされるところから始まりいろいろあって(自分なりに)大変だったけどレースに出るならそんなことリザルトには関係ないわけで。自転車競技をやれる期間はもう残り少ないので神宮まではもう全然時間ないけれどできる限りのことをしたいと思います。

来年度に向けて 下村

12月7日 下村、秋山、古賀、阿部、兼平さんの五人でミーティングをした。内容は来年以降のトラック、特にインカレに向けてどうしていくかということや、来年度の競技部の方針などについても話し合った。具体的には3月22日のTRSの出場種目の決定、またそれに向けたトラック合宿の日程決め、インカレトラックの団体種目を何に出るのか、出ると仮定した場合どの期間までにどのくらいのタイムを出しておけばよいのか、というようなことを話し合って決めて、お互いの意思確認をした。

 

 

 

自分がトラックを始めたのは10月からなのでまだ二ヶ月程度しか経過していない。なので自分がハロンか1キロか4キロのどれに適しているのかははっきりしていないが、TRSでは自分は1キロに出場することにした。ハロンの可能性も考えたが、冬場はバンクでの練習ができないことを考慮すると技術的要素の多いハロンよりも1キロの方が可能性があるとアドバイスされたので1キロで出場することにした。

 

インカレについては、自分はまだb基準を切っていないので出場権利がないのだが、なんとか基準を切って団体種目に出たい。来年以降にインカレに出る人の中で現状出場権利があるのが阿部だけなので団体種目出場には最低でもあと2人必要になる。そうなるとやはりバンク練習の環境が整っている在松の自分と秋山の2人が現実的であると思うので、お互いに切磋琢磨しながらインカレ出場を目指したいと思う。

 

b基準切りに向けたこれからの練習についてであるが、自分は平日のうち月、水、金は筋トレをして火、木にローラーで1時間程度のlsd、土日にはCC練等に参加するなどで実走をすることを目標にした。特に筋トレについては今までも自分なりのやり方でやってきてはいたが、ミーティング後の阿部から新たなトレーニング方法や正しい筋トレのやり方を教えてもらい、今までの負荷の強さを強く意識するやり方ではなく、速くなるためにどこの筋肉をどのように鍛えればよいのかを考えてトレーニングすることの重要性を学ばせてもらった。せっかく有用性のあるトレーニング方法を教えてもらったので、自分で決めた目標を毎日しっかりと実践していきたい。

 

今回のミーティングでは来年度の競技部の方針、特に新入生に対してどのように接していくべきかということも話し合った。自分たち二年生の世代は6人なのである程度人数は残っているが、今の一年生は選手としては実質古賀1人だけである。もちろん、部活を辞めるかどうかは本人の自由な意思であるので仕方ない部分もあるが、やはりある程度の人数がいなければ部活全体の規模も小さくなってしまい、盛り上がらず、存続の危機もある。そのためにも来年度以降の新入生が部活を続けてもらうような指導や雰囲気を作っていく必要がある。今年の朝練を思い返すと、一年生のための練習というのはほとんど出来ていなかったと思う。(自分自身あまり今年の朝練に参加できていなかったが)自分が一年生の時もそうだったが、ただ千切って終わりというような練習は競技を始めたばかりの人にとっては辛いだけでモチベーションはすぐに無くなってしまう。始めたばかりの新入生にはいきなり実走させるのではなく、ローラーの乗り方であったり、ボトルキャッチをやらせるなどの技術的部分を教えてから、一年生の脚力に合わせた公道での練習に移るというような形がよいのではないかということになった。また、練習の機会を朝練に限らなくとも、夕方から時間の合う一年生に筋トレやローラー練習をさせるということでもよいということにもなった。とにかく、新入生には自転車競技を嫌いにならずに練習を続けてもらう環境を作ることが重要であるという認識を持つことが先輩である我々には必要であるということに意見が合意した。そのためには大前提として指導する立場である今の一年生以上の学年が新入生の見本となるだけの技術と知識がなければならないので、これまで以上に練習をする必要があることを再確認した。

 

今回のミーティングで、きちんとお互いに顔を合わせて意見を出しあって話し合いをする重要性を強く感じた。信大はタコ足キャンパスなのでお互いの意思確認が取れない場合が多くあることがあった。一ヶ月の練習報告などでもよいので、月一でミーティングをすることで改善できるのではないかと思う。来年、自分は三年生であり就職などのことも考える時期になってくるが自転車競技に真剣に打ち込める環境があることは幸運なことであると思うので、自分のできる範囲でやれることをしっかりとやっていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RCS袋井 イノウエ

11月始めから今までの大学のレポート峠終えたので、今度は修善寺以来の学連レース袋井レースレポート書きます。

 

 修善寺終わったあとはうつくし→のりくら→東京hc檜原とヒルクライムレースしか出なかったので久々の学連レースでなんか新鮮だった。

 今回のレースはポイントレースで毎周回ポイントがあったのでそのたびにインターバルがかかる感じだった。コーナーの踏み始めはキシリウム履いていたので非常に調子良かった^_^

 登りはみんなそんな上げないので3周目ぐらいの登りでペース上げて前牽いてみたものの、さすがにそれには反応してきて差はつかず下ったところで抜かれる。そのままその周回もスプリントで置いてかれて終わった。ポイントは取れなかったが、自分的には4周目あたりが一番上手く走れたと思う。4周目も登りで前に出たあと下りに入り、そのあと抜かれたもののゴール手前のコーナーでいい感じに前入れて「お、これいけんじゃね」と思って全力で踏んだ。結局最後は日体と順天堂と東海の人に抜かれてしまい、その周回は4位通過でポイント取れず...。圧倒的パワー不足で悔しかったが、コーナーの入り方に成功したのは嬉しかった。そのあとの2周は入り方失敗してスプリントで置いてかれてしまい、心肺能力的にも脚もかなり余裕はあったが、今回のレースも1ポイントすら取れず完走のみという形で終わってしまった。

 でも袋井に出て思ったのは先頭集団で常に前にいて、かつコーナーの入り方が上手くなれば勝てると思った。あとはパワーかな💦 4周目のコーナーの入り方で行ってもし自分がパワーさえあればポイントは取れてたんじゃないかと思う。

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       photo by Fukai さん

   ↑おそらく4周目あたりのゴール前

このとき先頭にいていけると思ったけど後ろの日体の人の表情見てると余裕そうなんだよなぁ

 

 完走だけで終わって少し腑に落ちないが、いろいろ収穫もあったので満足している。以前より積極的に前に出ることができるようになっていたし、他の人とのパワーの差は感じたけど自分が速くなっていると実感できた。乗鞍終わったあとにどの登りのセグメント行ってもタイム更新してたので調子が良いのだと思う。この調子をキープしつつ冬を乗り越えたい。体重がもう少しあれば勝てる確率は上がったかもしれない。でも自分的にはこれからもヒルクライムレースを頑張りたいと思ってるので増やすつもりもない。体重を増やす意識というより練習してパワーつけたい。それでいけるんじゃねと思ってしまった、、来年の飯山で上がれればいいなぁと思ってる。とりあえず来年は①飯山ヒルクライムで昇格。②乗鞍1時間切り。③スプリントもできるクライマーになるという目標で頑張っていきたいと思います。

 

 

 

 

新人戦@秋山

だいぶ前になりましたが学連トラックの新人戦に出ました。エントリーはスプリント。ハロンでB基準切りを狙いました。400バンクは3月のトラック合宿以来だったので試走をすべく朝早く境川に到着。美鈴湖より路面がガタガタで端っこはコンクリート?が剥き出しで怖かった。

試走を終え体を冷やさないように3本に乗る。ホイールをディスク履くかエリプスで行くかでゴタゴタしたが結局ディスクを履くことにした。(なぜか練習ではエリプスよりディスクのほうが明らかにタイムが落ちていた。回せていないから…なのか…?)

出走は3番目。くっちゃべってたおかげで緊張せず出走できた。
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f:id:soreikeshindai:20191111180109j:imagephoto by こだいらさん。ありがとうございます。

いつもより一周が長いからちょっと遅めにかけ始めようと思ったらおそらくかけ始めるのが遅かった。後半も惰性で回っているような感じで12.5。いくら400バンクに慣れていないとはいえ遅すぎる。インカレ出られるか不安になってきた。11月は引き続き体重増加とウエイト、できればパワーマックスをやっていきたいと思います。気を抜くと一瞬で体重落ちるので大変…

わざわざ松本に前泊してまでサポートで来てくれたこだいらさん、暇だから来た下村くんありがとうございました。

早く交通費返せるようバイト決めるところからがんばりますごめんなさい。

ツールド沖縄市民210 2018 @ナカタ

後期が始まって1ヶ月半くらい経ちますが、全く練習ができていません、中田です。亜、あと最近バイト先でインフルエンザ流行してまして恐怖でしかありません。

まあ今回そんなことはどうでもいいんですが、本日2019年11月10日は日本最大の市民レースであるツールド沖縄の開催日であります。自転車乗りなら一度は出てみたいこの大会、実はちょうど1年前の2018年11月11日、学校と体調を引き換えに第30回大会に出場していました。もはや鮮度もひったくれもありませんが、去年の僕の体験をブログにしていきたいと思います。

まず沖縄に出ようと思ったのが6月くらいだったかな。それで7月1日くらいから泊まる宿探しを開始。僕は当時まだ免許を持ってなかったので徒歩で動ける範囲にあるホテルに泊まりたかったが、この時にはもうほとんど埋まっていた。ビジネスホテルとかは完全に空きがありませんでしたね。

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↑ 最終的にはbooking.comで見つけたクラスイン名護に泊まった。これは金曜日の夜、ホテルに到着した時に撮った写真。

 

さて沖縄に行くためには飛行機で行かなければならない訳だが、松本からだと中部国際空港からが最短ルートだった。計画としては、金曜日の授業は出ずに沖縄に移動、日曜日レースを走った後にその日中に松本に帰るつもりでいたが名古屋までは帰れるものの、そこから松本までの交通手段が無かったため日曜日は那覇市国際通りにあるアベストCUBU那覇国際通りというビジネスホテルに泊まった。

一通りの遠征計画を経てて、早目にエントリーを済ませて9月くらいに飛行機のチケットを予約。かなり早目に予約したのでチケット代は安く済みました。確か片道6000円とかだったかな?ちなみにANAです。

そして11月9日金曜日の朝松本を出発、中部国際空港に移動していざ沖縄へ。空港内ではちらほら輪行持って歩いてる人を見かけた。飛行機に乗るのは修学旅行以来だったのでちょっと戸惑うこともあったが無事に那覇空港について自転車を受け取り、ここからバスで210のスタート&ゴール地点である名護市へ移動。免許ある人は那覇でレンタカー借りて移動していた人も多いんじゃないかな。

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那覇から名護は意外と遠い。

そして次の日の土曜日、沖縄らしい暖かい天気の中市民50のコースを試走。むしろ暑かった。

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↑写真では分かりにくいけど海が綺麗でした!

走り終わった後はゼッケン類をもらいに受付会場へ行ってきました。そこでなんと高校の自転車部の先輩(千葉大、身長185のイケメン)に偶然遭遇!こんなこともあるんですねえ。

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↑ゼッケンがかなりでかい。

 

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↑とりあえずこれくらい有れば足りるかな〜って感じで用意した補給食


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↑一度はやってみたかった、コースプロフィールを書くやつ。ステムに貼った方が見やすいです。

 

さていよいよレース当日日曜日、5時に起きて5:30にはスタート地点に行ったのに会場にはありえんくらい人がたくさんいた。市民レースあるあるの、早いもの順場所取りが既に始まっていました。

実は朝起きた時に喉に違和感があり、風邪の予兆は既にあった。

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↑市民210の招集場所、既に100台くらいは並んでた。

僕もこの列の最後尾に自分の自転車を並べて荷物預けたりトイレを済ましてここに戻ってきたら、もうみんなスタート地点に移動していて僕の自転車は取り残されていて悲しかったです。

まあでも一応時間に余裕を持ってスタートは迎えることはできた。去年の上位選手の紹介が終わって、7:27にいよいよレーススタート。350人のよーいどんスタートだからなかなか列が動かなかった。まるで信号が赤から青になった時みたいな感じ。僕がスタートラインを越えるまでの100mくらいの間で、もうすでに落車して補給食ぶちまけてる人がいました。まあこのあとの70Kmは絶えず落車が起きるのだが、、

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↑ 多分70Kmくらい。まだ集団内にいた。

やはり公道を封鎖してやるレースなので突然道幅が狭くなるところが何箇所かあって、そこに突入するたびに落車&詰まってからの中切れがあった。僕は真ん中より後ろを走っていたからその影響をもろに受けてきつかったです。落車こそしなかったけど落車による足止めを一回食らってしまった。水飲んでる時に前の方で落車が起きて、ボトルを捨てるわけにもいかず片手で後輪だけブレーキをかけたためリアタイヤが剥がれたらしい。剥がれていたのに気付いたのは走り終わってからだけどよくこれで残り140kmパンクしなかったなあってレベルだった。

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↑走り終わった後に撮った写真。完全に表面が剥がれている。

 

前の選手に突っ込みかけた衝撃で手に持っていたボトルが飛んでいったので、拾ってからホイールや変速に異常がないのを確認してから集団に復帰。そのまま普久川ダムの登り1回目へ入ったはいいもののこの1回目の登りで先頭集団からは早くも千切れてしまった。登ってて既に脚がパンパンだなぁとは感じていた。

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YouTubeにアップされていた動画内に普久川ダムの登りでまだ集団にいる時の自分が映っていた。(右側、黄色い靴)

 

登り切った時にはもう先頭は見えなくなっていて、そこからゴールまではひたすら千切れた人どうしでとにかく完走目指して走って走って走った。僕はもう80Kmくらいで脚が攣りかけていて、他の方々のローテにほぼツキイチしながら120〜30kmくらいまではなんとかまともに走れていた。

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↑多分100〜120kmのどこか

 

でも確か140kmだったかな、名も無き登りでついに両脚の太腿、ふくらはぎが同時に攣ってしまい道端に倒れ込んだ。しばらく身動きが取れずここでDNFするかもしれないと本気で思った。ちょうどその苦しんでる時にジュニアクラスの先頭集団の津田悠義選手らに抜かされていったのを今でも覚えています。

いつまでも倒れこんでいても仕方ないのでとりあえず立ってストレッチしてから山頂まで歩いて、なんとかまた自転車に跨って走り出すことはできた。だいたいこの辺りから別カテゴリーの人達に抜かされ始めた。

さて、このツールド沖縄では大会スタッフの方が水とスポドリを210kmでは3カ所で補給してくれます。周りの人は補給時にボトルを捨てて新しいボトルを受け取っていたが、多分その捨てたボトルは帰ってこないので、僕は自分の空になったボトルは背中に入れて走った。85kmで最初の補給を受け取り136kmで2回目、174kmで3回目を受け取ったのだが、この日風邪引いていて体調が悪かったのもあってか(あとは気温?)とにかく水が足りなかった。特に136〜174kmの間が全然足りなくて死にそうだった。脚は攣ったあとでやばいし、さらにガーミンの走行距離と残り何kmの表示が数kmずれてていつ補給がくるのか分からなくて辛かった。

命からがら、3回目の補給を受け取ってあとは海岸線と細かいアップダウンの後羽地ダムの登りをこなせばもうゴールなのだが、174km〜210kmの間が今までの中で1番しんどかったと思う。足も肩も首も痛い、加えて水も足りないしでこれ足切りされてゴールさせてくれないんじゃないかとか、とにかくきついから早く終われとしか考えられなかった。

そしてようやく羽地ダムにたどり着いたはいいもののもう全く力が残っていなかったからこの登りは自転車から降りて歩いた。自分だけでなく他に歩いてる人はいたし、脚攣って倒れ込んでる人もやはりいた。下りに入ってから再び自転車に跨ってゴールに向かって漕ぎ出したはいいものの、やっぱりどうしても水が足りない。

おそらく残り10Kmくらいだったと思う。コースレイアウト上、最後の登りらしい短い登りの沿道にチームの家族や関係者が応援している所があり、そこを通る選手にレッドブルやコーラを渡していた。もうここしかない!吸い寄せられるようにして1.5Lのコーラ持ってた人に「すみませんちょっと貰っていいですか」と声をかけてありがたく飲ませて貰った。あのコーラの味は今でも忘れません。生き返りました。

そこからはもう下りと平坦だけだったので気合いで走り先頭から遅れること1時間20分、259位で無事ゴール。きつかった以外の感情が湧かなかった。

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↑ あと数百mの所、背中が膨らんでいるのはボトルが入っているから。

 

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↑ギリギリで完走

 

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↑ ストラバ

 

まあ、こんな感じで多少きつきつの遠征ではありましたが1人でエントリーして沖縄行って、ギリギリだったけどなんとか完走はできたし、良い遠征だったと思います。

走り終わったあと着替える時、脚を曲げるたびにいろんなとこが攣って1時間くらいかかったり、その日の夜やっぱり風邪引いて、そのまま次の日飛行機に乗ったら航空性中耳炎になったり、その2日後に線形の中間テストだったりと予想しなかったトラブルもあったけど、色々と経験することができました。また、1年生でかつ比較的暇な後期だったからやれたことでもあったと思います。まあまた、学生のうちに出場できる機会があれば院生になった時にでももう一回チャレンジしたいです。

これから沖縄に出てみたい、出ようかなと思ってる方に、このブログを参考にしてもらえたら幸いであります。

 

最後に最近ハマってるYouTuberのリンク貼っときます。

wakatte.tv

https://youtu.be/3pc3cxoctlQ